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被災地に暮らすお父さんお母さんを新潟へ!


”にいがたからみんなえがおに”NPO法人 代表 竹之内裕司より

 

2011年3月11日、あの日から生活は一変してしまった。

大きな地震があり、原子力発電所の安全神話はもろくも崩れ去った。

エネルギー問題、原発の再稼働で揺れている日本。

テレビは連日その話題を特集、放送していますが

今この時だって帰る家を失った沢山の方が先の見えない避難生活を送っています。

 

まだまだ問題は山積みですが、

いままでの支援活動を通じて、「支援する・される」という関係ではなく、

「支援団体」と「被災地」という枠を超えたお付き合いができるようになりました。

その交流があるからこそ、LOVE FOR NIPPONにしかできない活動が出来ている部分は大きく、

その関係はもはや「友人・家族」という関係とも呼べるほどです。

自分達のような外部団体を温かく受け入れてくれる福島のみなさんに対し自分達が出来る事。

 

新潟県中越地震発災後復興イベントを毎年おこなってきました。

震央地である新潟県川口町(現:長岡市)のみなさんとともに復興イベントを開催してきて、

現在ではNPO法人「にいがたからみんなえがおに」をみんなで立ち上げ、

毎年追悼式典とあわせて物産展やフェスティバルを開催しています。

 

川口町

そこに暮らすお父さんお母さん達は全国からの支援を頂きながら、

自分達にできることを続けており、

その結果、棚田の再耕やそば打ち、釜を作って米粉をつかってのピザ焼きなど

“地震からの復興”だけではなく“これまで以上に良くしよう”という

思いで様々な新しい取り組みと地域振興計画が続けられています。

 

その新潟のお父さんお母さん達が

「今度は自分達が恩を返す番だ」と言って

2012年3月11日以降、避難者の受け入れや炊き出し、

物資提供など様々な支援を行ってきました。

LOVE FOR NIPPONにも福島県双葉町出身のスタッフがいますが、

その家族も震災直後の混乱で福島県内で右往左往している時に

新潟のみなさんのサポートによって、新潟県内に避難することができたこともありました。

 

地震からの復興、また発展の途中にある新潟県から学べることは沢山あると思います。

すべてを包み込むような美しい自然となにより温かい震災体験者のみなさんがいます。

 

そんな「にいがた」に福島の一時避難の郡山に暮らすみなさんを招待し、

これからの生活の活力になるとともに、“楽しい感謝”の交換ができる交流を始めるプロジェクトを行っていきます。

 

自分たちも新潟で最大限の努力をしていきます。