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2012.12.18

福島県郡山仮設住宅もちつき@収穫祭ご報告


 
 
 
 
 
 
 
福島県は郡山市富田町へ行ってきました。
2回の餅つきで腕はパンパンで、
握力は次の日になっても戻りません(笑)
福島の方々との交流は、今回もまた最高の時間となりました。

回を重ねていく毎に、徐々に深まっていく絆が、
別れの時、福島の方々の方から差し出される握手の手を伝って感じられました。
しわくちゃで小さい手なんだけど、とってもとっても温かったです。

仮設住宅の集会所に到着した俺に、福島のお父さん、お母さんは
「お、だいちゃん!」

「だいちゃんも来たんだぁ」
「おい、大輔!おめぇ何しにきた!?(笑)」

思わず「ただいま」と言いたくなるような温かさに包んでもらいました。
「新潟、雪大丈夫か?」
「風邪引いてねぇか?」
もう言葉では言い表せない思いで胸がいっぱいになりました。
福島のお父さん、お母さんの笑顔は、俺にたくさんの幸せと、
胸を締め付けるような考える時間をくれます。

なぜなら、その笑顔の裏側には、
今もなお厳しい現実があるから…

川内村は除染作業が進み、
一部避難勧告が解除され、故郷に帰れる人も出てきました。

それでも喜べない…帰れない人がいるから…
富岡町の人はまだ誰も帰れない…
故郷に帰れる人も帰れない人も、悩み胸を痛めています。

川内村から避難し、
独りで仮設住宅に住むお母さんの家でもち米を蒸かしている時

「旦那さんは?」
「仕事さ行ってんだ。東電に勤めてんだけど、
あんまりでっかい声で言わないでな、悪口言われんだぁ」

俺は、胸がこれでもかってくらい苦しくなった。
心が凍った…
言葉が出なかった…
ただ、頭の中では、
「なんで?なんで?なんでそーなんがぁや」ってずっと鳴っていました…

誰が言っているのかはわからない…
何て言ってるのかもわからない…
ただただ苦しかった…

被爆している自分の体を憂い、
将来出会うかもしれない自分の子供に起こる奇形の危険性に絶望を感じ、
自ら未来を閉ざしている小学生の女の子がいます。
被爆している自分を愛してくれる人は現れないと、
未来に光を探せない…

原発は、ないで済むなら、ないに超したことはないと思います。
でも、そんなことより…原発がどーこーじゃなくて、そーじゃなくて…

何が出来るのか、全くわからないけど、みんなで笑いたい。
にいがたからえがおを届けたい。
笑う事で、それが少しでも和らいでくれることを願って。

きっと、福島のお父さん、お母さんだけじゃなく、
新潟スタッフも東京スタッフも、笑うことで、笑える時間を共有することで、
悲しみや苦しみや歯がゆさ、もどかしさに立ち向かう勇気をもらってるのかなって…
みんなの笑顔を見ていて、ふと、そんなことを思っていました。
 
だから俺は、その為なら、何度だって福島に来たい!
新潟に来て欲しい!
福島の方々にたくさんの温かさをもらってばっかいる俺が、
唯一思い浮かぶ恩返しの形なのかもしれません。
結局、その中でまた俺はもらってばっかいるんだろうけどね(笑)

そう強く思った、今回の福島餅つきツアーでした。
 
 
STAFF: 渡辺 大輔